僕は数分おきに繰り返されるケータイのアラームを止めた。
部屋の中は遮光カーテンを閉め切っているせいで、夜とさほど変わらない闇の中だ。まだ覚醒していない頭のまま重たい身体を起こし、カーテンを開けた。
瞬間、強い白光を受けた目は視界を失い、半分眠っていた脳に朝の産声が鳴り響いた。目は完全に覚めた。徐々に鮮明となった視界で外を覗くと鋭い陽光が庭に差し込んでおり、先日抜きそびれた雑草が気持ちよさそうに揺れていた。快晴。
僕は今日が晴れである事にほっとした。天気予報では雨の可能性も少しあったからだ。今日は少し特別な日であり、雨よりは晴れの方がよかった。僕は手早く身支度をし、会社へと出社した。
会社に到着し朝の清掃もそこそこに、カーポートへと向かう。そこにはパールホワイトのスバルレヴォーグが一台止まっていた。陽光を受けたボディは近づいた僕を鏡のように反射している。本日はこのレヴォーグ1.8 STI Sportが納車される日である。
僕はお客様が来店される前に車の最終チェックを行った。ボディに汚れはないか?陶器のようにつるっとした状態である。中の状態は大丈夫か?問題ない。アルコール除菌をした清潔な匂いもしている。電装関係も念のためひと通りチェックをし終えて、準備万端である。朝の朝礼を済まし、僕はショールーム入り口にてお客様を待つ事にした。
「廣田くん、Yさんって分かる?」 5月某日、同店舗の先輩スタッフから声をかけられた。「はい、もちろん分かります。僕のお客さんですね。そのYさんがどうかしましたか?」 「実は今Yさんのご友人という方がいらっしゃっていて、中古車のレヴォーグを検討したいと言われていてね。調べてみたら廣田くんが担当みたいだから、ご案内できるかな」僕は少し驚いたが、重要な予定がないことを確認すると、先輩スタッフにお客様のところへ案内してもらった。
そこには、5月のじめじめした蒸し暑さも吹き飛ぶような爽やかな青年と、とてもきれいな青年の奥さんがいた。「いらっしゃいませ。廣田と申します。初めまして」僕は名刺を差し出し二人に挨拶をする。「よろしくお願いします。Mと申します」Mと名乗った青年は、お客様にもかかわらず、とても丁寧に挨拶してくれた。奥さんも、シャクヤクの花みたいに優しげな笑顔で挨拶してくれた。
Mさんの話を聞くと、どうやらYさんの影響でスバルに興味を持っていただいたようだ。二人は昔からの友人らしく、社会人になる前はよく遊んでいたらしい。今でも年に数回は会っているそうだ。
少しYさんをご紹介すると、昔からのお客さんであり彼のお父さんの代からのお付き合いだ。お父さんは僕が入社まもなくの頃にレガシィB4を購入していただき、それからずっと仲良くしてもらってる。
Yさん一家は四人家族で、子供が息子一人と妹である娘一人である。お父さんはとても穏やかな性格だが、奥さんも負けず劣らず穏やかであり、二人の血を受け継いだ二人の子供もまた穏やかな性格をしている。僕にとって、とても大事なお客様である。
お父さんはレガシィB4から、一代新しくなったレガシィB4に乗り換えていただき、そして今は先代レヴォーグにお乗りいただいている。息子さんはそんなお父さんの影響を受けてスバルを好きになった。お父さんがレガシィB4からレガシィB4に乗り換えたタイミングで免許を取得したので、譲り受けた旧B4へと乗る事になり、大事にしていた。
その後息子さんは某大手企業に就職したが、その年は初代レヴォーグが発売された年であった。発表されたレヴォーグを雑誌で見た息子さんは強い衝撃を受けた。一目惚れである。すぐにでも新車で注文したかったが、堅実な彼は一年待つ事にした。
そして岡山スバルで使っていた社用車が中古車として購入出来るようになると、すぐに購入してくれた。当時人気だったクールグレーカーキで、300PSというとてつもない馬力を誇る2リッターターボを搭載した「2.0GT-S EyeSight」という最上級グレードだ。
彼はそれをすごく気に入り、彼のお父さんもまた、レガシィB4から同じクールグレーカーキのレヴォーグに乗り換えてくれた。そのように、Yさん一家と僕は友好な関係を続けている。
YさんとMさんは、物心がつく前からの付き合いである。なんでも二人のお母さん同士が友人関係らしく、二人は2歳の頃から頻繁に顔を合わせ、巣にいる雛鳥達のように一緒に育った。
彼らは互いに尊敬しあっていたし、また互いの友情関係にも満足していた。そしてその関係は社会人になっても色褪せずに続いていた。
Yさんは兵庫県で働く事となり昔ほどの頻度では会えなくなったが、年に数回はお互いの時間を見つけて遊んでいた。Yさんが岡山スバルまで車の点検に来ていただいている事もあり、YさんがMさんを迎えに行く事の方が多かった。そしてだいたいはYさんの車でドライブを楽しんだ。
ある時、MさんはYさんに尋ねた。「いつも迎えに来てもらって悪いね。でも、岡山まで来てもらった上にドライブもYくんに運転してもらって、ずっと運転しっぱなしだけど、いい加減面倒くさくならないか?」 「Mくん。僕はMくんを迎えに行くのもドライブするのも、面倒くさいと感じた事は一度もないよ」Yさんはなんでもない事のように答えた。「僕は運転が好きだからね。このレヴォーグはすごくいいよ。前の車について行く機能もあるけど、それよりも本当に運転が楽しい車だからね。それに、ちょうど実家にも帰れるしMくんが気にする必要はないよ」Yさんは連続したするどいコーナーを手慣れたステアリング操作できれいに曲がりながら話す。「そんなにスバルっていいのか」 「Mくんも次はスバルにするとよく分かるよ」
その時からMさんはスバルレヴォーグが頭から離れなくなった。その後、Yさんは一足早く現行型レヴォーグ「1.8GT-H EyeSight X」へと乗り換える。
「分かりました。まずは現行型の『レヴォーグ1.8STI SPORT EyeSight X』でM様におすすめ出来る車を探してみます。少しお待ちください」僕はMさんから欲しいグレードや色を聞いた後事務所に戻り、提案出来る車があるか探してみる。
すると一台、Mさんにおすすめ出来そうな車が見つかった。山陰にある車だが、見事にMさんの求める内容に一致していた。僕はすぐに山陰にあるスバルに電話をかけ、車を押さえてもらった。そしてその後すぐ、Yさんに電話をかけた。「もしもし」 「Yさん、今大丈夫ですか?」 「大丈夫ですけど、どうしましたか」
僕は少しだけ悪戯心が湧いてきた。「今、Yさんのご友人さんがお見えです。車の商談をしています」Yさんは少しびっくりしたようだが、すぐにぴんときたようだ。「Mくん、ですか?」今度は僕がびっくりした。「すごいな。ご友人としか伝えてないのに、なんですぐ分かったんですか?」 「前からスバルに興味を持っていましたからね。レヴォーグですか?」僕はYさんに車の情報と展示場所を伝えた。すぐにインターネットで見つけてくれるだろう。
Mさんのところへ戻り、Yさんに電話が繋がっている事を伝え、電話をお渡しする。「もしもし、うん。あぁ、ちょっとそろそろ考えようと思ってね。まぁ夜にまた電話するよ」僕は電話を返してもらい、Yさんにお礼を言って電話を切った。Mさんは、少しどうするか考えてまた電話をくれるという事でその日の商談は終わった。
次の日、さっそくMさんから電話をいただき昨日の車で話を進めたいとの事だった。僕は喜んだ。そして一日で決断をいただいた事にお礼を言った。「Yくんがね、車をネットで見てくれて。これならいいんじゃないかと言ってくれましたから」さっそく車を山陰から陸送で取り寄せて、納車に向けての準備が始まる。そして冒頭の納車へと至る。
ショールーム入り口にてお待ちしていると、Mさんが下取り車に乗って駐車場に入ってきた。そしてその後ろに、よく見慣れたシルバーの現行型レヴォーグが続けて入ってくる。
この日、Mさんの車を見るために、そしてホームページに二人の事を掲載したいと話した僕のわがままのため、Yさんは兵庫から駆け付けてくれた。
さっそく二人をショールームに案内し、車検証入れの中一式をご説明する。「書類は以上です。それではお車の説明と、それが終わったら写真撮りましょう。写真」
僕たちは車の元に移動し、Mさんの下取り車も含めた三台を横に並べた。事務員さんにお願いし、カメラのシャッターを切ってもらう。この日が二人にとって忘れられない一日になればと思いながら、僕もその輪に加わる。
こうしてMさんの納車は無事に終わり、二人は楽しくドライブしたそうだ。今後はMさんも自分のレヴォーグで兵庫までYさんを迎えに行く事もあるだろう。いつも迎えに来てもらっていたお返しに。二人の絆は磨き上げたレヴォーグよりも光り輝いている。
僕はMさんの一ヶ月点検の予約をした。偶然Yさんの点検も同時期だったので、同じ日に予約された。今後も、同じ日に二人とも点検に持ってこられるだろう。
僕は、二人のお土産話を楽しみにしている。そして、年に数回だった二人の会う時間が、レヴォーグを通じてもっと増えれば、それはとても素敵な事のように思う。二人の笑顔が見れたなら、それは営業冥利に尽きるだろう。
今週の特選車紹介
スバル レヴォーグ 1.6 STI Sport EyeSight ワンオーナー ナビ リヤカメラ ETC ドラレコ装備
本体価格:266.2万 支払総額:280万
H30年式 走行距離4.7万Km 車検令和5年3月 クリスタルブラック・シリカ
手が届くようになってきた先代レヴォーグ。ボルドー/ブラック仕立ての本革シートに専用サスペンション装備のハイグレードモデルです。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。